虹かかる庭のエッセイたち

目を開けたら、なにかいた

目を開けたら、なにかいた。
なにか動いている。
仰向けになった自分の胸の上で。
近すぎる。
自分の顔に近すぎて、よくわからない。
いや、自分は一人暮らしだし、何か動くようなものは部屋の中にいないはずだ。

彼は、しばらく、何が起きたのかわからなかった。

ようやく、寝覚めの意識がはっきりしてきた時、それが子ネコだとわかった。
すごく小さい。
産毛もぼさぼさで、まだ生え揃っていないないじゃないか。

いや、それよりも。
なぜだ?
なぜ、自分の上で子ネコが動いている?
みーみーと、声を上げている?

「それ拾ったの」
友人の声がした。
友人は、自分が寝ている間に、勝手に部屋に上がり込んでいたらしい。
「でも、うち、飼えないしさ。ネコ」
友人は、にっこり笑って言った。
「だからさ、飼ってね。この子」

それは、昨日のことだったらしい。
友人がネコを拾ったのは。
その朝、土砂降りの雨の中、彼の友人は会社に向かって早足で歩いていた。
その時、激しい雨音に混じって聞こえたのだ。
小さくて、甲高い声。
「みーーーみーーーー」
ネコだ。
ものすごく小さい。
生まれたてなのだろうか。
道ばたの捨てられた段ボール箱の上で、ずぶ濡れで鳴いている。
かわいそうだと思いながらも、彼の友人はそこを通り過ぎて会社へと急いだ。
しかし、仕事中、ずっと気になっていた。
あんなに小さくて、この雨の中、放置されていて…どうなったろうか…。
仕事の帰りに、早足でそこに向かった。
聞こえた。
みーみーという、あの声が。
良かった、まだ生きてる。

そして、その子ネコは、彼の部屋へと連れて来られたらしい。
真っ黒な子ネコだった。
まず、洗ってみようと思い、洗面所で、そっと洗ってみた。
真っ白になった。
クロネコじゃなかった。シロネコだった。

子ネコの名前は「ミルク」に決まった。

ところで、彼は、ネコなんて飼ったことはなかった。
どうしたらいいんだろうか。
友人たちに、どうしたらいいのかを聞いたりしながら、とにかく世話を始めた。
恐らく生後数日くらいなのか。
すぐにケアしないと、天国に帰ってしまう。
哺乳瓶を買ってきて、子ネコ用ミルクを飲ませた。
ありがたいことに、ちゃんとミルクを飲んでくれた。
いい子だ。
とてもいい子だ。
ミルクは、ミルクを飲んですくすくと大きくなった。

ネコは、確か予防接種みたいなものをしないといけないと聞いたことがある。
彼は、動物病院に、ミルクを連れて行った。
そこで、獣医から、意外なことを告げられた。
「この子は、耳が聞こえていません。
だから、外に出さないでください。
この子は、外の世界では生きていけません」
彼は、ミルクが部屋から出ないように注意を払った。

それから、18年もの長い時間を、彼とミルクは一緒に過ごした。

「これがミルクの写真」
彼は、私に真っ白なネコの写真を見せてくれた。
おっとりしたハンサムくんだ。
とても美しいネコだ。
亡くなって数年経つが、ミルクは、彼のスマートフォンの中で、いつも彼と一緒にいる。

 
C:miu9